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コラムその56 「漢」〜鳳凰編〜
2017/03/27 06:26

男は涙した。恩返しがしたかった。かつて苦労人と呼ばれた男が、がむしゃらに夢を掴んで、人目もはばからずに泣いた。本日の名馬烈伝は初の現役馬、そして初の”騎手と馬の人馬一体”でお届けしたい。柴田大知とマイネルホウオウが綴る漢と牡(おとことおとこ)の物語。。

「大知じゃG1勝てねぇよな〜」競馬ファンはいつだって柴田の事をこう卑下していた。柴田の同期にはG1で常連の福永祐一、和田竜二の2人がいる。1997年デビュー、いわゆる「花の12期生」の一人だった。
実は柴田には波乱万丈の経歴がある。2年目の重賞初制覇の直後、当時の師匠である栗田の反対を押し切り強引に結婚してしまう。これに激怒した栗田は柴田を厩舎から破門した。そのためフリー騎手となる事を余儀なくされた柴田は、騎乗機会を極端に減らす事となる。落馬負傷による長期入院も重なり、2007〜2008年はなんと0勝。土日の競馬開催日もトレセンに残り、調教をつける毎日。柴田はそれでも騎手を辞めなかった。騎乗機会を求める為、障害レースにも積極的に乗った。当時、本当に大変な苦労だったと言う。こうした努力の甲斐もあり、2012年、2013年の障害G1中山グランドジャンプの連覇を果たした。しかし、それはあくまで障害のG1に過ぎなかった。

その一方、柴田が騎乗機会を求め苦労していた2010年、父スズカフェニックス、母テンザンローズから1頭の栗毛の馬が産まれる。父から連想されたその名は「マイネルホウオウ」。母は中央で1勝も出来ずに地方へ移籍。決して良血とは言えないこの馬と柴田の出会いが彼らの運命を大きく加速させる事となる。

均整のとれた筋肉と父から受け継いだ瞬発力を合わせ持つマイネルホウオウは、勝ち負けを繰り返しながらも、なんとかオープンのジュニアカップを勝利、G3 スプリングSでは3着と能力の片鱗を見せつつあった。柴田もこの馬の秘めた能力に大きく期待していた。こうして、距離適正の合わない皐月賞の権利を捨て、G1 NHKマイルCに照準を定めた陣営とマイネルホウオウ。ところが大きな壁が立ちはだかる。

前哨戦G2ニュージーランドトロフィー。そこには、G1朝日FS 3着馬ゴッドフリート、重賞2勝馬エーシントップ、後のG2馬レッドアリオンなど多士済々のメンバーが顔を揃えていた。スタートから後方に付けたマイネルホウオウ。終盤まくり気味にポジションを押し上げ、後は直線伸びるだけだった。しかし、脚は全く残っておらず、そのまま差を広げられ、なす術無く7着の結果に終わった。本番に向け不安を残すだけの前哨戦となってしまった。「大知もホウオウもG1で勝つなんて無理だ」そんな周囲の声が聞こえてきた。しかし、柴田は諦めてはいなかった。そして・・・

第18回NHKマイルC、東京競馬場。前哨戦で不甲斐ないレースをしてしまったマイネルホウオウは10番人気の低評価だった。柴田は今までお世話になった人々に感謝していた。今があるのは支えてくれた人達の力があってこそ。恩返しをしなければ。柴田大知はそう胸に誓った。
いざ、レーススタート!
府中は良馬場。澄み渡る空の下、まずはコパノリチャードが快速を武器に飛ばしていく。2番手ガイヤーズヴェルト、3番手エーシントップ。人気馬が前を行き、淀みないラップを刻む。後方4番手につけるインパルスヒーローは虎視眈々。そしてその後ろに柴田大知とマイネルホウオウだ。後方から2番手で脚を溜める。3、4コーナー中間で徐々にポジションを押し上げ、迎えた最後の直線。伸びを欠く先行勢を横目に、グイグイ伸びるインパルスヒーロー。その外からホウオウが迫る。柴田の鞭が唸る!無我夢中に追っていた。人馬一体、ホウオウもそれに応えるかの様に最後の力を振り絞る。父スズカフェニックスから受け継いだ強烈な末脚、そして不死鳥の遺伝子。その瞬間、紅蓮に燃えた両翼を広げた”鳳凰”が舞った!坂を駆け上がり、先頭に立ったインパルスヒーロー。内から猛然と伸びてきたフラムドグロワール。3頭馬体を合わせた壮絶な叩き合いだ。”大地”を揺るがす大歓声!「マイネルホウオウだ!!マイネルホウオウ、ゴールイン!!」天を切り裂く右手の拳。勝利の喜びを爆発させた渾身のガッツポーズだった。何度も何度も。

マイネルホウオウ。”鳳凰”は死せず。不死鳥の遺伝子は確かに今ここに覚醒した。
そして、柴田大知。苦渋を味わってきた苦労人の”男”が”漢”になった瞬間だった。漢の想いはついに天へと届いたのだ。

〜大知編へ続く〜
(木曜更新)

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